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紙魚子の小部屋 パート2 plus はてな版 (2009年9月〜)

平凡な主婦の日常と非日常なおでかけ記録、テレビやラジオや読書の感想文、家族のスクープなどを書いています。

紙魚子(しみこ)のおでかけのあれこれ、ユニークな家族、節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物などを書いています。

水源の外でも自然を満喫。

結局、残念ながら湿原にはたどり着けなかったけれど、山門水源を出たアスファルトの帰り道も(名前はわからないものもあったけど)たくさんの植物たちと語らうことができた。f:id:simikonokobeya:20170617225811j:plain

ちょうど一人分の木陰も確保できたし、風もさわやかだったし。バス停までの距離はあるけれど、時間はゆっくり。のんびり。

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白いノイバラの花もたくさん咲いていた。でもほとんどの写真が、写す人同様、ピントはずれ。

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ちょっとブライダルベールに似ている花。普通に見かけるんだけど、なんだったっけ?よくある樹木なのにな。

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20分ほどのみちのりを、たらたらと歩いたので30分以上かけてバス停に到着。途中、ちょっと甘いものを摂取した方がいいかもと、クリーンセンターの自販機で、カフェオレを購入。

 

バスは木之本駅行きだったので近江塩津駅で下車せず、えいやっ!と終点まで乗ってやったぞ。JRなら二駅。やはりバスは北の琵琶湖もしっかり見えて、JRとは違う風景を楽しめた。

 

木之本まで行った訳は、あわよくば「福田屋」さん(H氏が大好きな大衆食堂。年にふたりで何度か来るリピーターだ)でお昼を、と思ったけれど、案の定時間が遅すぎて「支度中」の看板が下がっていた。すごすごと木之本駅まで引き返す。

 

エキナカ道の駅で「七本槍(木之本の銘酒)入り蒸し羊羹」を購入した。大きめの丁稚羊羹みたいなの。竹の皮を開くと、馥郁たる日本酒の香りが! さすがは「七本槍」!しかも白い! 酒粕がたっぷりなのかも。ちょっとだけかじってゴハンとのつなぎにした。

 

湖北の都会、長浜駅で途中下車し、「中島屋食堂」でうどんとお寿司のセットを注文。お寿司はサバ寿司とビワマスが1個ずつ、そしてシンコ巻きが2個か3個。お店はおじさんが、ひとりでがんばってらした。おばあちゃんがひとりだけ、顔は出してらしたけれどね。

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ほかにお客はタクシーの運転手さんらしきおじさん二人のみ。3時だものなあ、ゴハンを食べる時間じゃない。すっかりくつろいでしまう。おじさんたちのいつ果てるともない会話(というか、ひとりが一方的にしゃべるのだが)があまりに面白くて、聞き耳をたてて聞いてしまったが、最後まで聞くことはかなわず店を出た。

 

その後、日差しの強い長浜を奔走して4局を巡り、風景印を入手。長浜の郵便局の風景印所有率高し! しかもがんばれば歩ける距離に点在しているのもいい。局員さんたちも、とてもフレンドリーでした。

木之本出身の局員さんに近江塩津に行ったことを告げると、「今日、(近江塩津で)なにか(イベントが)あったんですか?!」と驚かれていた。湖北のひとには、近江塩津のなにもなさぶりが周知されているようだ。それでもさすがに「山門水源」のことはご存知だった。「まだ行ったことないです」とおっしゃっていらしたけどね。

 

 

山門水源 豊かな自然と・・・

山への入り口では、水源がお出迎え。

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段々になった山道を登っていく。思っていたより、かなりハードなコースだ。

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でも、ほどなくこのシーズンのメイン「ささゆり」が、団体さんでご挨拶!! もっと深窓の姫君かと思っていたら、案外庶民的な入り口付近にいらっしゃった。よかった!

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さすがに優美で、つつましやか、かつ可憐♪ 「私みたい〜♡」と、たまには言わせてください。

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ササユリの根は、イノシシなど山のケモノたちも好物なようで、放っておくと掘り上げられ食べられてしまうので、厳重に金網やネットの中で育成されている。箱入り娘ならぬ金網入り娘たち。

 

しばらくは老夫婦のあとを付いて、ふうふういいながら上ったのだけど、最初の分岐点でこれ以上はムリかな?と、湿原に降りる道を探してみた。ここは最初の展望所。木々の隙間から、遥か眼下に湿原が垣間見えた。こんなに高いところにいるんだ〜!

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向こうの山頂に近いくらいだもんな。湿原に降りる道はどこだ?

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それらしき下りがあるにはあったが、かなりの急傾斜な上、落ち葉の上に足を置くので、滑りやすい。しかもその先は崖っぷちなので、滑落したら生きては帰れなさそう。クマに出会うのと変わらないくらいキケンだ。

 

しかたなく、元来た道を降りる。降りたところに湿原への道はあるかもしれないし。とはいえ、気分は爽快。山をわたる風が、木々を揺らして山の音を響かせる。子どものときからよく聴いていた風と木のうただ。

 

道々の自然を堪能しつつ降りる。線香花火のような、ちいさなコアジサイを発見。

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生命力がありそうなシダ。葉っぱのフチが赤い。

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山水のせせらぎもすゞやかに山の音と調和する。

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山の水はどこまでも透明だ。

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山の出口に到着。出口の手前には、まるで尾瀬のように湿地の上を歩く通路が造られている。

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たくさんの希少らしき植物たちが、大切に保護されているのだ。

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スタッフさんたちが「絶滅してしまったかも?」と危惧していたサワラン(沢蘭?)が、若干咲いていた。色が鮮やかなショッキングピンク。

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水上にはヒツジグサ

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花も若干咲いていた。

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水上をトンボがつーっと飛んで、通路の上にとまった。小型のシオカラトンボみたいな色合いだ。

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ショッキングピンクなら負けていない、アザミ。

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大きな山法師に似ている木に、花がすずなり。

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カメラをアップにしてみると、ものすごく可愛い。淡いピンクのグラデーションのもある。

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さらにアップする。

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白い手裏剣のような花は、山法師だと思うんだけど↓

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山あじさいも複数咲いている。

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贅沢なないものねだりをいえば、やはりアジサイは雨にぬれている風情が似合う。

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これからのひと↓ 緑が勝っているこの感じも好きだ。

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繊細でキュートなコアジサイも、あちこちで見かける。

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事務所を通り抜け、アプローチにもわんさと!

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そしてこんなに豊かな自然の中で、駐車場近くに来て微かな機械音に気づき、初めてこれを見た。

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うわさにはさんざん聞いていたが、見るのは初めて。

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線量計というものを初めて、しかもよりによって、こんな貴重な自然のどまんなかで見てしまうなんて。

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自然とそれに相反するものの、皮肉な並立。そういえばバス停近くは、敦賀から14キロしか離れていないんだった。

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山門水源 入り口にたどり着く。

バスに5分ほど揺られ、「上沓掛」という場所で降りる。ここにも道しかないので、運転手さんに、どっちを向いていけば目的地にたどり着けるのか訊いてみた。「やまかどすいげん・・・?」と小首をかしげるおじいちゃんドライバーに、不安でいっぱいだったが、数秒後「ああ、こっちの坂をのぼったところですよ。」

・・・安堵。タメないでくささい!

 

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ゆったりとした上り坂の途中に目印になっている建物がある。クリーンセンター、つまりゴミ処理施設だ。ちなみに山門水源の駐車場は、元「斎場」跡地。現役でなくてよかった。すでにアプローチから人里離れた山の中だと判明する。

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舗装したゆるやかな坂道をたまにびゅんびゅんと車が通り抜ける。両側は草木が爽やかに生息して、ここは人間ではなく植物たちの支配の下にあるのだなと思う。

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車以外は、人っ子一人とおらない。まるで信州の山へ続く車道みたいだ。

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たまに緑の中から、がさっ、ごそっ、という音が聞こえ、びくびくだ。

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人間は自然にはかなわないなあと、まだ到着もしていないのに、しみじみ。

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『山門水源』とはよく名付けたものだ。こんなきれいな水をみたのは久しぶり。

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水がきれいだと、緑も信じがたいほどきれいな色にみえる。自然のままみたいだが、実はよく手入れされているのがわかる。でないとこんなにきれいにはならない。

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やっと入り口に到着。

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たぶん滋賀県民でさえ、知っている人は近くに住んでいる方くらいかも。湖東、湖南はもちろんのこと、もしかすると湖西のひとも山門水源を知っているかどうか。

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案内板で指示されたとおり、途中の事務所の水道で靴底を水洗いし、外部からの種を除去する。それほどの徹底ぶりだが、それを点検したり注意する人もなく、自主判断に任されている。山にトイレはないので、入り口の簡易トイレですませておくこと。

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前を行く老夫婦のビニール袋の中身がきになるところだが、幸か不幸か、彼らは私との距離をどんどん広げていき、たぶん健脚コースへと向かった模様だ。

もうすぐお昼だというのに私はクマの鼻怖さで、いつもならありえないことだが、食べ物を一切持ってこなかった。若い頃、鹿にお弁当を奪われたトラウマもある。鹿はお弁当を置き去りにしたら逃げられるが、クマからは逃げおおせる自信はない。

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しかし、それ以上どうクマに注意したらよいのか、私にはわからない。

山門水源(やまかどすいげん)へ 近江塩津駅に驚愕!

たびたび民家園レポートが中断しちゃいますが、リアル6月14日のできごとを。

 

読書会の諸先輩方が口を揃えて、「今まで読書会の旅行の中でも、『山門水源』はすごく良かった!」とおっしゃっていた。私は行ったことがないのだが、滋賀県一の湿原であり、貴重な植物や昆虫が生息する豊かな自然の地らしい。う〜ん、行ってみたいな〜!と長らく思ってはいたのだが。

 

でも、まず『山門水源』って、どこにあるの?というアクセス以前の知識がない。と思っていたら、先輩がパンフをくださった。こういう外からのプッシュがあると、がぜん私はエンジンがかかる。

 

おまけに6月15日期限の米原までのキップが数枚残っていたので、この際、行ってみようか、とネットで検索してみた。『山門水源』

 

すると! なんとしたこと!!

 

★5月2日10時半頃、ツキノワグマが観察されました。入山にはご注意ください。

 

と、注意喚起の文字が!

 

クマかあ・・・それにマムシも出るらしい。そりゃあ、人里離れた山間部だもんなあ。一気に気持ちがしぼむ。団体ならともかく、お一人様で彼らに出会ってしまっては、ひとたまりもない。入山はちょっとなあ。

 

前夜はあきらめて、長浜の黒壁オルゴール館でオルゴールづくり体験でもするか・・・と予定を変更したくらいだ。

 

しかし、でかける1時間前に、あまりの天気のよさと、このチャンスを逃したら、一生行けないかもというそわそわした気持ちになり、180度方向転換した。出ました、逆転ホームラン級の私のきまぐれ。どうか、出るな、よるな、クマとマムシ!と、念を込めておく。H氏にも「出ないように祈って」と要請した。

 

終点の近江塩津駅まで直行の普通電車に乗って出発。東海道本線米原まで。そこで列車の切り離しがあり、車両は4両になる。レールは北陸本線へ切り替え。

 

途中の虎姫駅前で、サラリーマン風グループのひとりが、「虎姫駅って、阪神タイガースファンの聖地なんです。○○さんもこの駅で降りて写真撮ったって言ってました」と、蘊蓄を傾ける。

へえええ〜初耳。寅年の年賀状のためにホームで「虎姫」看板の写真とる人がいる、っていうのは知ってたけど。虎ファンかどうかは定かではないが、彼らはぞろぞろと虎姫駅で降りていった。

 

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向こうに青く見えるのが余呉湖。滋賀県の琵琶湖以外の湖。羽衣伝説のある神秘の湖。

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手前は田植えが終わったばかりの時間差田んぼなので、まだ空が映る。

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田んぼに空も、山も映る。

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こちらは夏間近の青々とした田んぼ。

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まっすぐ余呉湖につづくカントリーロード

のびのびと、ひろびろと、山や稲田や麦畑が広がる。ときに、あぜ道の辻のどまんなかに、ルピナスが3本咲いている度肝をぬくような光景を見たり。静かな湖面の余呉湖を眺め、トンネルをいくつか抜けて山間を通り抜けたら、近江塩津駅に到着。

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和風のりっぱな建物で、なんとウダツまであがっている。でも改札のない、ほぼ無人駅なのだ。窓口に人はいても、どうみてもJRの駅員さんではなかったし、ご自分のお仕事に没頭されていた。

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駅を出たら、まさに駅しかないことに驚く。

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バスのロータリーもなく、だたびゅんびゅん車が走リ抜ける車道。

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遠目からは全くわからない、読むのが難しい駅看板。

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もちろん駅には売店はなく、駅前にも見事になにもない。逆にすごい!

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駅前で2時間に1本のバスを待つ。ときおり通り過ぎるトラックに帽子を飛ばされたりしながら待つ。10分遅れて、やっとバスがやってきた。

江向家住宅は富山の合掌造り。

 

江向家は富山県の農家。三階建てだ。f:id:simikonokobeya:20170613162828j:plain

18世紀初頭なら、江戸時代の建物。

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国指定重要文化財

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富山県五箇山は、岐阜県白川郷とともに、合掌造りで有名な場所だ。

 

 

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さきほどのボランティアさんの説明では、茅葺きは本当は20年は持つものなんだけど、最近は7、8年で葺き替えが必要になるらしい。

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やはり酸性雨などの環境悪化の影響がひとつ。

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もうひとつは、カラスが茅を抜いていってしまうのだとか。そのため、部分的に修理が必要になるそう。

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このアングルは、なかなか無骨だ。

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茅葺きの庇! 初めて見る。チョンマゲみたい。

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では中へ。

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まずは馬屋。ここではしっかり藁が敷き詰めてある。いつ馬が来ても大丈夫。

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「おえ」です↓ 日常生活で使う居間のような部屋。

 

囲炉裏の上にあるのは火棚。火の粉のはぜを防いだり、暖気を循環させたり、履物の乾燥に役立ったらしい。あと、魚を薫製して保存食にしたりも。大活躍だね、いまなら発明した人は、特許ものだ。

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「ニワ」、流し場には、石の水船がある。当時は豪華なものだったらしい。

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そして、これは・・・紙漉きの道具だ!

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柱は石の上に乗っかっている。

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外は明るいけど、中はちょっと暗い。

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「おえ」には、機織り機?も布付きで展示されていた。

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囲炉裏の煙で燻された吹き抜け。3階の窓からあかりが入る。2階と3階は、養蚕の部屋でもあったらしい。

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奥には畳敷きの正式なお座敷「オマエ」。この時代には畳はかなりの高級品だったが、浄土真宗がさかんな土地柄なので仏間のある奥の部屋には、畳を使っていたらしい。

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手前の板敷きの「ヘヤ」は寝室。

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あのでかい民家が、石の上に柱が乗っかっているだけ、というのにも驚かされる。地中に柱を固定して埋め込んだりしないのは、もしかしたら宿命である地震国の知恵だったのかも。

佐々木家よりの眺め

こんもりしたささやかな丘の無効には、「江向毛住宅」の屋根部分がのぞいている。

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みどりに埋もれた藁葺き屋根の民家は、それだけで絵になる。

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そのとなりは山田家。

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障子の間から眺める。

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腰壁つきにして眺める。

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軒先を入れて眺める。(しつこい!) どんな風に見ても、全然見飽きない。

案内してくださったボランティアさんと「いつまでもここで見ていたいですねえ!」というと、「そうなんですよ! なにもしないで、ここにいるのが一番です! 私もいつまでもここにいたいと思いますもん。季節によって全く違った風景が見られるので、またぜひ違う季節にどうぞ!」 すっかり意気投合してしまった。

 

「でも、この先も民家がたくさんあるので、ちょっと急いで見てください」とアドバイスをいただき、先々の見どころなども教えていただいた。このときにはまだ15時くらいなので、私は油断していたのだ。民家園の閉園時間は、たしか17時までだったはず。

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こちらは縁側や井戸のある方からの眺め。見えるのは山下家。現在は、すでに入った「白川郷」というお蕎麦屋さんになっている民家だ。

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屋根部分が面白い。茅葺きの内側のギザギザがきになっていたんだけど。

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こんなふうに束ねた藁?が下げられているんだ!

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山田家に続く道が私を次なる物件へと誘う。囲炉裏端では3名のボランティアさんが、じぱんぐ倶楽部(高齢者向けJRの特典付きサービス)についての情報交換をされていた。

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(たぶん)芍薬の花色が鮮やかだった。

佐々木家は見どころおおし。

佐々木家の前をぐるっと回って写真を撮っていたら入り口から、「どうぞ、入ってみていってくださいね!」という声が。案内ボランティアさんらしき3名が、上がり口にある場所で、囲炉裏を囲んでらした。

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そういえば中には入れても、上がりかまちから板の間や畳のお座敷にあがれる民家は、最初の原家以外はなかったっけ。

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その前に、佐々木家の外観はこんな感じ。

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藁葺きなのに三澤家のような板張りの軒が付いている。やはり長野県だから、良質の木材が調達できたのだろう。石の重しも同様だ。

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家の下周りにはやはり石が挟まれている。

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井戸も健在。荒削りの柱が、がっちり井戸を守っている。 

 

佐々木家の中にあがらせてもらうと、ボランティアさんが連れだって案内してくださる。

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風が通って気持ちのいいお座敷だ。それだけではなく、ここからの眺めが絶景! いつまでもいつまでも、ここにいたくなるくらい。その風景はまた。

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風呂場なのに風呂桶は? 

風呂と言っても、いまならさぞかしシャワールームというところ。桶に水を汲んで体にかけると、中央の隙間から水が流れ落ちる仕組み。シンプルだけど、工夫のある作りだ。

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流れ落ちた水は、床下ではなく、もちろん戸外に排出される。

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さっきとは別アングルから。ここから外を見ると、絶景が見渡せるんですよ。とくにお月見の夜は素晴らしいそう。

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上の突き当たりにはトイレもあって、部屋の中からも、

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外からも使えるようになっているとか。外にいても、わざわざ上に上がらなくても済むのは便利だったろうなあ。

 

上の写真だとわかりにくいので、もう1枚。外にでっぱった木造が厠になる。

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小さな石祠は、お稲荷さんだ。

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この墓石のようなものは、

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墓石にかぎりなく近い、地霊を鎮めるための石塔。鎮めなければならないようなことがあったのかも??(怖)

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いまなら人気の建築家が建てた家のモデルとして紹介されそうな、さまざまな工夫に満ちているのは、やはり名主さんの民家だから。紺屋を営んだり寺子屋として使われたり、八面六臂の活躍をした民家だ。

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 なにしろ「人の土地を踏まなくてもよい」ほど地所が広かった豪農だったらしいから。

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もちろん定番の養蚕も昭和35年頃まで行なって、年4回出荷するほどの生業。でも暮らしは質素だったらしい。

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昭和になってからは、乳牛を飼って牛乳屋さんや、農村の余剰労働力を利用して農業土木の会社も起こしたらしい。江戸時代から大正までは寺子屋を開くなど、地域の社会貢献事業も行っていた。