鬼が笑う話
塾の帰りのクルマの中で、いつものようにKちゃんがしゃべりまくる。でも珍しくちょびっとだけ、テンション低め。
「この間の模試では、いま志望校受けたら合格率60%くらいやった。3回に1回は落ちる確率やねん」
「ええやん、60パーあったら! おかーさんなんてたぶん0パーセントに限りなく近かったし。絶対無理やし、次点の高校に進路変更しなさいて、三者面談で先生に言われたわ」
「なんで受けたねん!?」あきれるKちゃん。ちなみに私の受験校とKちゃんの志望校は一緒である。
「だって他に行きたい公立高校って無かったし。落ちたら京都の高校行くつもりやったし。なんか、どっかで地元にうんざりしてたんやな、きっと。京都にいったら別世界やと憧れてたんやろな。京都の女子校は実際、やたら楽しかったもんな。男子の目をいやに意識する共学女子の陰湿さがなくて。明るくて個性的で。」
真夜中に運転しながら、万にひとつ(もあったかどうか)の確率を夢見るギャンブラーな中学生女子だった昔を振り返る。
そしてギャンブラーの娘であるKちゃんは、そのとき別のことを考えていたのだった。
「うち、『受験録』に何書こうか考えてるんやけど」
はやっ!! ってこの受験で頭が一杯の時期、だれが受験体験記のこと考えるねん!?
ちなみに『受験録』とは、毎年塾で出している受験体験記の作文集のことである。これが読んでみると予想外に面白いのだ。
あくまで地味ながら『ドラゴン桜』のようにドラマチックだったりする。成績が一向に伸びない少年の作文では、夏休みが終わり、冬休みが近づいても全く合格圏外の日々が続くが、常に塾に行き、友達と励まし合い、地道に自習を重ね、お正月を過ぎた頃にやっと合格圏内に入れ、結果みごと合格したとか。
超頭のいい子で関西最難関の私立高校を志望し、ちょっと勉強すれば大丈夫、とタカをくくって油断していたら、志望校は落ちてしまったので、後輩に自分の二の舞はせぬようクギをさす子。(とはいえその少年は、京都でだんとつトップの公立高校に入っている。どんだけカシコイんや〜!)
というようなノンフィクションで、合格高校の門の前での、にこやかな写真とともに掲載されている、ちょっと厚めの冊子である。これに自分の作文が掲載されることを、早くもKちゃんは、しっかりイメージしているのだ。
「これに載るには、塾をほめまくったらええってことが、『受験録』読んで分かったし。でもネタがありすぎて、どれ書こか〜?って、迷うねんな〜」
笑える〜! いわゆる「夢をかなえる方法」によくある「未来の自分/前向きイメージ戦略」を、Kちゃん、知らないうちにしてるんや! それにKちゃんは自由課題である作文を真面目にこつこつ書く人なので、先生方も期待されているのかも。(作文は自由課題なので、やってもやらなくてもいいのだ)
と、のんきに考えていると、Kちゃんの思わぬひとことが私を固まらせた。
「あ、もちろんおかーさんも書かんとあかんねんで」
「へ?!」
「ウチが『受験録』に載ったら、もちろんおかーさんの作文も一緒に載ること、知ってるやろ」
そやった!!! 確か同じページに、「お母さまより」みたいな囲み記事みたいのがあった!! 写真もあったかも? いややな〜!!
とにかく、もう一回『受験録』の保護者欄を読んで、参考にしまくらないと〜!
・・・って、そんなん受験終わってからでええんやって! と、ふと我に返る。あくまでどこか肩に力が入りようのない母娘なのだった。