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紙魚子の小部屋 パート2 plus はてな版 (2009年9月〜)

平凡な主婦の日常と非日常なおでかけ記録、テレビやラジオや読書の感想文、家族のスクープなどを書いています。

紙魚子(しみこ)のおでかけのあれこれ、ユニークな家族、節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物などを書いています。

生きている不思議

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 昨日は仕事にいけるか危ぶまれるほど、まだまだ回復過程にいたが、なんとか出勤することができた。でもお昼前後は正直、「うう、早引きするかも?」というくらいダメダメな感じだった。

 お昼ご飯のときには、あんなに元気におしゃべりしていたのに(笑) 

 でも思い起こせばいつも、ご飯を食べた後、というのがアブナい。あの「消化できません〜(汗)」という胃からの悲痛なSOS信号。

 それでもなんとか頑張れたのは、「3時半からカウンタ―当番だ」という使命感のみ。この「つっかい棒」に助けられて、乗り越えられた。

 あの寝たきり状態だった昨日のお昼過ぎまでは、いままであった「つっかい棒」を2本ほど外された気がする。人間って、もしかしたら体力だけじゃダメで、なんらかの精神的な支えがなければ、簡単に死んじゃうかもしれないと痛感してしまった。

 イジメで自殺せざるをえないのは、そんな「つっかい棒」を、すべてはずされてしまうからだろう。逆にだれからもはずされない「黄金のつっかい棒」が、宗教とか哲学とかいうものかもしれない。

 それとともに、「生きている不思議」も痛感する。生きているって、すごいことなんだっていうのは、病気をするたびに実感する。

 いやもう受験生の母というのは、かくも強力なつっかい棒をしていたのかと、今更ながらに驚いてしまった。とともに終わった後の崩壊加減にも。これは合否に関係なく、「来る」ものだと思う。あくまで私の場合だけど。

 しかしショックだったのは、この情けない状態(頭痛、肩こり、嘔吐)をして、おばあちゃんに「紙魚ちゃん、それは更年期や!」と断言されたことで。それはやはり、ちょっと却下したいご意見である。

 やっと普段どおりに「ごはんをいっぱい食べられる状態」へと復調したので、たいへんうれしい。この復調をもって、更年期障害ではないと証明できたはずだ、うん。