『通天閣』はリアルなのだ。
今年の3月に買った西加奈子/著『通天閣』(ちくま文庫)を、昨夜(というか日付を越えたばかりの今日)、必要に迫られて必死で読み終えた。今月は私が当番で、6月の読書会課題本テキストなのだ。
読んでもいない本を課題本にするのは暴挙かもしれないけれど、根拠の無い確信があったので。いやいや、第24回織田作之助賞受賞作品なので、根拠はあるか。それと。
ちくま文庫のあとがきを芥川賞作家の津村記久子さんが書いているのだが、これが感動もの! もう、これだけで迷わず本屋さんで購入し、傑作に違いないと確信し、未読のまま課題本に選ぶという蛮勇を発揮する事になった。
ちなみに西加奈子さんは夫の大学の後輩にあたり、津村記久子さんは、私の大学の後輩にあたる。(もちろん面識はない)
奇跡の小説という賞賛の仕方があるが、『博士の愛した数式』以来の、私にとっては奇跡の小説だった。とはいえ、知ってる人にはおわかりだろうが、通天閣のお膝元である新世界界隈の話なので、大阪下町のディープさが苦手なひとにとっては、敬遠したい物語かもしれない。上品でおしゃれな物語が好きな人だったら、前半部分で挫折しちゃうだろうな。
客から金をむしり取るためなら、どんな恥知らずで汚い手も使いまっせ!なスナックのオーナーとか、自分の夢を追いかけてNYに旅立ってしまった恋人にしがみつき、そのためわざわざ自分をサイテーなかわいそうな立場に追い込んでしまおうとする女の子とか。上から目線で心の中で毒づき続けながらも「ただ息をしているだけ、とても『生きている』とはいえない」と自覚してる中年男とか。どん詰まりなひとたち満載だ。
でも最近流行っている癒し系の物語のような、作り物めいたウソっぽさがない。ぜんぜんない。それはきっと、「うちはこれがいいたいねん!伝えたいねん!」というところが、物語の中に織り込まれているから。文章で具体的に書かれているのでなくね。だから、どでかい。どまんなかストレートのパワーボールがハートを貫く。
坂道を自転車で駆け上がるような力業のラスト50pまで、だらだらとも思えるような(それも作者はきっと計算済みなのだが)文章を頑張って読み進めば、最後にものすごい景色が見えますから! 森絵都さんの『カラフル』のラストみたいな、祝福に満ちた結末に興奮して眠気もふっとびました! ・・・おかげで今日は一日眠かったけどね。