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紙魚子の小部屋 パート2 plus はてな版 (2009年9月〜)

平凡な主婦の日常と非日常なおでかけ記録、テレビやラジオや読書の感想文、家族のスクープなどを書いています。

紙魚子(しみこ)のおでかけのあれこれ、ユニークな家族、節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物などを書いています。

『皿と紙ひこうき』

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 お仕事でYA向けのレビューを書かなければならず、10日ほど前、YA棚を物色していたとき、たまたま目にした石井睦美さんの『皿と紙ひこうき』を手にして読んでみた。

 石井睦美さんは『卵と小麦粉それからマドレーヌ』以来の2冊目だ。『卵』を読んだのは5年以上前だった(かもしれない)。そんなに間があいたのは、あまりにも『卵』が素晴らしかったので、その次の作品を読む気にならなかったのだ。登場人物たちのすべてのキャラが立っていて、しかもその会話がいちいちナイスすぎる。言葉が深い、というか。無駄な文章がない、というか。

 それはそのまま『皿と紙ひこうき』にも当てはまる。相変わらず会話が実に見事で、奥が深い。しかも行間が濃い。文章がきらきらと光っている。

 「一子口伝」とか「先祖代々」という古めかしい言葉が出るような陶芸集落の山間で生まれ育った他は、ごく普通の少女、由香の物語。この春から高校生になり、麓の町の高校に通うようになった由香。彼女が過ごす春から夏休みの終わりまでの、部活や友達や家族のあれこれ、そして学校で起こった事件を淡々と描いた、さわやかで読みやすい物語なのだ。ところがあっさりしているのに、味わいが深い。読了後も後を引きまくって、余韻が収まらない。だからこのフックの多すぎる物語の謎を解くために、もう一度読み直した。

 読み直すと、とても緻密な糸を張り巡らされた小説なのがわかった。しかも意外にビター&ダーク。

 まず「恐竜」という比喩や、ご先祖の写真がいくつもある仏間などで、「時間の重み」が描かれる。悠久たる時間に比べ、ひとの命は限りがあり、短くはかない。そんな時間のつらなりを宿す集落や家に、耐えられない人間だっている。存分に自分の人生を、自分に正直に歩もうとすれば、多かれ少なかれ愛する人(たち)を傷つけてしまわざるを得ない。そして誰の心にも深い闇が潜んでいる。おまけに人と人とが理解し合うのは難しい。

 そんな人生の苦さや痛みを、じつに淡々と、でも深々とリリカルに描くことができる石井さんには脱帽だ。よく読めばずっしり重く苦いのに、ふわりと透明感のある世界観。物語の感触はリアルなのに、実にリリカルできもちいい文章なのだ。

 いろんなバリエーションで描かれるカップルの絆も素敵。

 由香の祖父母の「まもなくどちらかにやってくる死」という別れを、痛いほど切なく思うがゆえに、いたわりあい、甘え合う関係。

 結婚したら苦労をかけるのがわかっていたから、心ならずも別れを決意していた父。しかし父が自分の全てだと信じた母は、身ひとつで父を追いかけた。

 来年は帰路に立たなければならない3年生の先輩は、生涯を通しての恋心と引き換えに、恋人と別れることを決める。

 友達の絵里は、中学からの片思いで眺めるだけの恋を断ち切り、超イケメン転校生に一瞬の熱をあげ、「運命の出会い」で勧誘されたクラブの先輩とラブラブになる。絵里はミーハーで、わりとごく普通の少女なのだけれど、そんな彼女が口にするラスト近くの言葉は、考え深い由香をして「すごい!」といわしめるのだ。

 そして由香自身の、まだ恋という自覚の無い思いは、静かで晴れやかで清々しい。

 さまざまなカップルのさまざまな絆に思いを馳せて、久々に切なく、でも幸せな気分を味わった。

 とにかくも読みどころがありすぎて、幾通りにも読む事ができそう。だから読者の心のフックのどれかには必ず引っかかってくれる、素敵な物語なのです。超、おすすめ。