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紙魚子の小部屋 パート2 plus はてな版 (2009年9月〜)

平凡な主婦の日常と非日常なおでかけ記録、テレビやラジオや読書の感想文、家族のスクープなどを書いています。

紙魚子(しみこ)のおでかけのあれこれ、ユニークな家族、節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物などを書いています。

『鷺と雪』

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 昨日は読書会で、課題本は北村薫の小説『鷺と雪』だった。

 これは、第141回(2009年上半期)直木賞受賞作品だ。ミルフィーユのように幾層もの味わいがあり、どんどん読める馴染みやすさなのに、ストーリーは滑らかで、内容も文章も表現も素晴らしく、密度は高い。文学へのあふれる蘊蓄、冷徹ともいえる静かな歴史観、昭和初期の風俗への造詣や嗜好が読めるのも楽しい。

 乙女な文章は、まるでうら若い女性の手によるものかと思われるほどだが、作者は温厚そうなおじさんだ。心憎いばかりに乙女心を熟知されている。男性作家が陥りがちな女性への誤解や偏見や思い込みが皆無なばかりか、誇りや矜持を持つ女性への共感や尊敬も垣間見える。

 たとえばラスト近くの佳境で、ヒロインの上流階級のお嬢様、英子さんのおかかえ運転手であるベッキーさんが、身分が違いすぎる青年とシャープでディープ、かつスケールの大きな会話を交わす場面。ふたりの緊張感高まる会話文の間に、「炭のはぜる音がした。」という感覚(聴覚)を刺激する文章が入り、リアルで緊迫感あふれる場面になっていた。

 ところで、直木賞を受賞しているのなら、講評も読んでみたい。たぶん選考委員の「あのお方」は酷評だろうなと予想していたら、案の定。彼の意見がスルーされて、よかったよかった。まあ、じゃないと直木賞の受賞作品がなくなるし。

 選考委員の講評で、いちばん好きな方は宮部みゆきさんだ。正面から本気で取り組んでおられ、小説愛をもって選考されている姿勢がぐっとくる。

 この作品も「いちおし!」とまではいかなかったけれど、丸印はついていて、こんな素敵な講評をされていた。

宮部みゆき

「「私のベッキー」シリーズを愛読してきて、ずっと不思議に思っていました。ヒロインの英子にぴったりと寄り添って活躍する女性運転手の別宮(べっく)が、強烈な存在感と希薄な生活感を併せ持ちながら、まったく不自然な人物ではないのは何故だろう、と。」「今回、『鷺と雪』を読んで、初めて解りました。別宮は〈未来の英子〉なのです。だからこそ、終盤で別宮が「別宮には何も出来ないのです」と語る言葉が、こんなにも重く、強く心に響くのです。素敵な発見でした。」

 やっぱり宮部さんは別格。彼女が選考委員のひとりで、本当によかった。かつて「時と人シリーズ」を書いた北村さんの小説を、しっかり読み解いておられるのだ。

 『鷺と雪』は「ベッキーさんシリーズ」の第3作目なので、さかのぼって1作目の「街の灯」、2作目の「玻璃の天」をこれから読まなくちゃ。

 ところで『鷺と雪』には、「歴史の歯車が回り出したら、その大きな力は国家でさえも止められない」というようなことが書かれていた。

 この前久しぶりにTくんより電話がかかってきて、彼のことだから、当然選挙の話になった。選挙結果いかんでは、非常にアブナイ方向に動きかねないと危機感と焦燥感を募らせていた。

 

 古老のひとが「いまの空気は戦争の前の空気とよく似ている」といっているというのを読んだことがある。

 本日の朝日新聞で読んだ元衆議院議長河野洋平さんの言葉が一層リアルだ。

「このまま右へ右へと行けばリベラル勢力が絶滅しかねない。崖から落ちれば有権者も気づくかもしれないが、その時は引き返せなくなるという危惧があり、右傾化への歯止めが必要だ」

 くすぶった選挙ムードや、政治への絶望感が、うっかり歴史の歯車を崖っぷちに向かわせませんように、と祈るばかりだ。