憧れのケーキ
子どもの頃には、ケーキといえばお誕生日かクリスマスに食べるホールのもの限定だった。だからケーキが食べられるのは家では年に2回だけ。
といっても、当時は各家庭で友達をご招待して催されるささやかな「お誕生会」なるものもあり、そのときには決まってカレーライスと切り分けられたケーキだったように記憶する。ケーキとともに我家とは違うご家庭の様子を見るのが、とても楽しかった。
なかで最も興味深かったのが、白馬に乗った正装の王子様だった。それから彼のご結婚の写真とか。それが額に飾られ、額の角には小さな座布団が敷かれ、床の間などの高い場所に飾られていた。家によっては3枚くらいあったと思う。それらは昭和天皇の写真である。昔からの家には、必ず飾られていたのだ。我家にこれがなかったのは、神道や神棚とは無縁の寺院だったからで、大それたポリシーがあったわけではない。
話がそれたが、今日はケーキの話がしたかったのだ。昔のケーキはイチゴやフルーツなんて乗っかっていなかった。缶詰のフルーツすらなかった。あるのはクリーム、それもバタークリームである。
でも、それをいまだに懐かしく思い出す。クリーム絞り器で手際良く、かつロマンチックに縁取られた中に、花弁を丁寧に作られたピンクの薔薇の形のクリームがあった。その薔薇には、銀色の仁丹が朝露のように数粒ちりばめられていた。これが私にとっては、うっとりするようなケーキの原風景なのだ。
これが最近ひんぱんに瞼の裏に出てくるのは、高橋真琴さんの少女画と、記憶のどこかでリンクしているからに他ならない。ロマンチックなものに対して、今よりはるかにハングリーだったのだ。でもそれは確かに、幸せなハングリーだった。