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紙魚子の小部屋 パート2 plus はてな版 (2009年9月〜)

平凡な主婦の日常と非日常なおでかけ記録、テレビやラジオや読書の感想文、家族のスクープなどを書いています。

紙魚子(しみこ)のおでかけのあれこれ、ユニークな家族、節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物などを書いています。

静かに飄々と自立する男

以前の記事「紙魚子の小部屋」は下のリンク集から読めます。

 遅ればせながらドキュメンタリー映画『ニッポンの嘘』について。(ネタバレ?あります)

 いやもう視聴後には、ナタ切りにされるほど、いい意味でズタズタになるかと思っていた。そしてまた福島菊次郎さんは、「負け戦」にあえて挑みつづけた生涯なので、何度も壊れたり絶望したりしただろう福島さんに心が痛むかと思っていた。

 確かにズタズタだったり、心が痛み重い物をうけとりつつも、なぜか視聴後は木漏れ日のトンネルをくぐったような、さわやかさ。なぜなんだろう??

 『蟻の兵隊』をみたとき同様、福島さんは鋭く告発する人だけど、自分自身を「正義」だと思っていないからだと思う。どんな場合も、理不尽に虐げられた人々と同じ目線からの怒り。そのありのままを写し取るのが、彼の仕事であり人生なのだ。

 

 原爆を落とされたり、汗水たらして開墾した農地を勝手に空港にされたり、豊かな漁場に原発をつくろうとされたりする人々を、さらに圧倒的な力で圧迫するモノ。おまけにそれは、戦争放棄憲法があるにもかかわらず、不思議なことに軍隊を持っている。

 理不尽で不条理なのに強大な「風車」と闘う人々とともに、いつも彼はいる。勝ち目のない戦いのなかに。広島の原爆被爆者から始まり、90歳の今は福島を撮っている。カメラを持ったとたん、90歳とは思えない身のこなしでシャッターを切る。

 それでも上関原発建設反対運動を展開している祝島のひとたちのように、島民一丸となって30年間!!もパワフルに楽しく(たぶんそこがキーだんだろう)闘っているひとたちだっているのだ。

 福島さんは、彼らと同じ目線で同じ場所で戦い、写真を撮る。ときには自衛隊広報部をたばかって(!)たったひとりで自衛隊に潜入し、指の感覚だけをたよりにして隠し撮りのカメラのシャッターを切る(超絶技巧!!)。フォトジャーナリストとしての彼の仕事だ。

 という部分だけなら、たぶんもっと普通だったろう。

 彼の原点となった仕事であり、広島の被爆者・中村さんが赤貧と想像を絶する苦しみのうちに亡くなったとき、福嶋さんは弔いに訪ねた。福嶋さんを「なにしにきた!」と怒鳴りつけた長男の声や表情で、初めて自分がどんなに子どもたちを傷つけてきたのかを知ったショック。

 腐りきったジャーナリズムに見切りをつけ、カメラを捨て無人島で自給自足の生活をしたとき、自分の支えになってくれた女性を、決定的な意見の違いから追い出してしまった苦い記憶。

 「ピカにやられた自分を撮って、『仇』をとってくれ!」と被爆者の中村さんに懇願されたのに、仇どころか福島原発の事故でまた新たな犠牲者がでてしまった。その悔しさ悲しさ、情けなさ。

 でも辛いことばかりではない。

 祝島を記録しつづける後継者は、すでにいる。彼の唯一の弟子だ(カメラはまったくの素人からスタートした女性だ)。それに祝島原発反対集会は、歌あり爆笑の余興ありで、えらく楽しそうに盛り上がっていた。

 男子禁制のウーマンリブの集会に、会場の外側から聞き耳をたてての参加。会場外にでてきた女性は、なんと全裸だったけど、いかにも楽しそうで自由を満喫していた。彼の撮ったその写真は、まるで林檎を食べる前のイブたちだった。彼女たちの本質を見抜き、福島さんが撮った写真は不思議にも、ぜんぜんいやらしくない。このとき彼は初めてヌードというものを撮ったという。「出産があるけれど、みるか?」と誘われたので、娘を呼び寄せて出産の現場も初めて見たそうだ。ウーマンリブに魅了された福島さんは、女はすごい!男なんか足元にもおよばないと感嘆している。

 ときどき挟まれる、愛犬ロクと折半して食べる、心温まる食事風景にも心がなごむ。

 それから補聴器を買いに行く福島さんは、なんともいえずよかったな。安物しか買えないことを、悪びれること無く言ったり、販売員に「あなたの声が甲高く聞こえる」と、文字にしたら嫌がらせみたいになるのだけど、実際は当の販売員さんが笑い転げるような飄々さだった。

 ところどころに挟まる福島さんの「生活」ぶりが、とても「さま」になっているのだ。

 彼は子どもたちが小さかったとき、妻と離婚して子どもを引き取って育てた。娘さんがいうには、どんなに仕事が忙しくても、必ず家に帰り子どもたちの晩ご飯を作って一緒に食べたという。今も写真展を手伝う長女は、「お父さんはかっこいいと思います。尊敬してます」と、まっすぐな笑顔で言っていた。「生活」を顧みないくらいの方がかっこいいと思っていた男が大多数だった時代、これはすごいことだ。いや、今だってすごい。娘に尊敬される男は、超ホンモノだ。(そしてこの娘は高校生のころ、自宅を放火されたときに、自分の大事なものではなく父親のネガをかき集めて救出したツワモノだ)

 広島の高台にある被爆者・中村さんのお墓の前で号泣し、ひとこと「ごめんな」とつぶやく福島さんの姿に、こちらもシンクロして号泣。ピーカンのお天気が、いっそう切ない。でも希望がないわけじゃない。そして人間ひとりひとりが愛おしい。そう思える映画だった。

 2時間があっという間で、「え?そんなこと、あったの?」という日本現代史のかずかずの驚愕の事実も知ることができます。超おすすめ。

 付け足すなら、若い時の福島さんは、映画スターなんか目じゃないくらいに、めっちゃ男前! 「朗読」の大杉漣の声は、淡々とあくまで静か。でも内に秘めた感情の熱さに参りました。さすが!