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紙魚子の小部屋 パート2 plus はてな版 (2009年9月〜)

平凡な主婦の日常と非日常なおでかけ記録、テレビやラジオや読書の感想文、家族のスクープなどを書いています。

紙魚子(しみこ)のおでかけのあれこれ、ユニークな家族、節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物などを書いています。

白河院へ

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 無鄰庵を出た後、急激に空腹に襲われた。たまにあるのだ、ゲリラ空腹。きっと血糖値がジェットコースターのように急降下しているのだろう、指先は震えんばかりだし、目は蚊取り線香状態だし、ほとんどアブナイ薬の禁断症状みたいだ。

 こんなときの非常食として「おやつ」は存在するのだ。バスの中でチョコをバリバリ食べて、口から魂が抜けて行きそうになっていたのを、危ういところで引き戻した。次は昼食場所だから、食べ物にありつける直前で、空腹で行き倒れになっている場合ではない。

 無鄰庵や南禅寺平安神宮と、名だたる観光名所がひしめき、長い塀に囲まれたお屋敷が建ち並ぶ場所に、白河院はあった。

 門構えからして、美しい情緒があり日本的詩情があり、絶妙で繊細なセンスに驚く。

 門からのアプローチは青紅葉のトンネル! 涼のお出迎えだ。息をのむ美しさだった。アプローチを抜けて目の前に広がる庭園!

 まさに平安時代白河院はもともと藤原良房の別荘で、北家藤原氏に代々受け継がれてきたが、藤原師実の時、白河天皇に献上されたらしい。

 美しい庭は、無鄰庵同様、疎水から水を引き入れ、東山を借景とした池泉回遊式で、一隅に滝を配した本格的なもの。作庭をした小川治兵衛は代々植木を家業とした家柄の七代目で、遠州流造庭法の奥義を極めている。小川流と呼ばれる独自の造園術の創始者だ。先程の山県有朋の別邸「無鄰奄」を始め、平安神宮の「神苑」、西園寺公望の「清風荘」、円山公園、等々有名箇所の他、御所の庭師として活躍したこともあるそうだ。

 ヒトの気配を感じて集まる鯉たち。物欲しそうに大きな口を開けて催促する輩も。

 侘び寂びの門。

 長谷寺に行った頃は、半分白、半分緑の半夏生が、いまはもうほぼ緑色だ。

 さあ! おひるごはんだ!と自然と急ぎ足になったところで、バスガイドさんが、「ここで記念写真を撮ります!」。

 ・・・非常食を食べておいてよかったよ。きっとひもじい顔のおばちゃまたちが映った記念写真になったことだろう。