清涼寺へ行って来た。その3
お内陣の裏手に回ると、外の回廊へ続く扉があった。用意された中学生のときに履いた上履き様のツッカケ?に履き替える。重い大きな扉を開けて、冷たい外気の中へ。
いい感じの回廊を歩いて行く。回廊は大好きなので、思わずこころ弾む。
どこかのお寺でも見たような感じの、心穏やかになるお庭が広がる。
正面にみえる建物は、弁天堂。
なんだかえらくデコラティブなので、ズームでもう一枚。
屋根には宝珠に龍。
庇にいるのは、鳳凰、その下には天女か?
大小の獅子は、たぶん親子。
突き当たりを直角に曲がってまっすぐ。
奥にある方丈に向かった縁側で、しばしほっこり。しかし背後の襖の向こうからは、若い僧侶の「マイクのテスト、テスト。ただいまマイクのテストです」という声が聞こえ、可笑しい。どうやら近々なにか行事?があるらしい。
回廊を戻り、本堂の周囲に陳列された残りの寺宝を見てから、本堂を出る。寺宝なれど、ぞんざいに手書きで品名を書かれており、ガラスケースの中とはいえ、面倒くさそうに陳列されているので、なんとなく「ワシ、ほんまに宝なんやろか・・・?」と自信なさげな様子にも見える。
次の場所へと彷徨ううち、ほころび始めた梅花に見とれる。
気持ちはほとんどアイドルを映しまくる、おっさんカメラマンの心境だ。
梅にうっとりしながらたどり着いた場所は、
前にいらっしゃる三名のお方は、中央が「傅大士(ふだいし)」像、となり二人が彼の実子、「普建童子・普成童子」像。
「傅大士」は、中国、南北朝時代の在俗仏教者。斉の東陽の人。本名、傅翕(ふきゅう)。善慧大士と号した。
彼は字の読めない人も仏教に出会う方法がないかと考えて、輪転の経蔵をつくり、それをひと回しすると、教典を読んだのと同じ功徳が得られるとし、転輪蔵を創始した。後世、経蔵などにその像が置かれ、俗に「笑い仏」といわれる。
(コトバンク「傅大士」より)
ノーベル賞ものの、すごい発明じゃないですか! そして大掛かりな蔵をもっとミニマムにして、より一層庶民的にしたものが「マニ車」へと発展して行ったのかも。
ええ、ええ、もちろん私だって百円払って回しましたよ! ひとりで下のパンフみたいにね。
(つづく)