ぶらり島原界隈 大門/輪違屋
島原大門は、ドキドキするような花街への出入り口。
ここは江戸時代に公許の花街(歌舞音曲を伴う遊宴の街)で、「おとまり」禁止で「遊女のデリバリー」はなく江戸の吉原とは別物、と「角屋」では強調されてたっけ。
官命によって前身の六条三筋町から、この地に移された移転騒動が、九州の島原の乱を思わせたため、「島原」と呼ばれるようになったとか。
こちらからは出る方になるので、さらに脱走の気分(その頃に電柱はない!笑)
はい、入口はこちらだよ、そこのおにーさん! 表に廻れば呼び込みの気分。
島原どすえ♡
昔はこの竹槍状のものが、屋根の上にも?
文化サロンとして発展しただけに、文芸碑があちこちにある。
防火用水?
島原の歴史的経緯を説明する立て札があった。
現在は開放された扉が重々しい。
再び門を入って、次の角の右手にめぼしい物件を発見。
このマークが目印。
看板もあるが、ほぼ読めず(汗)
入口は固く閉ざされ、
おもいっきり、拒絶されてしまいました(汗)
入口付近にある年代物の街灯に、ひらがなで「わちがいや」
昼間も点灯されている高い場所にある街灯。
高島屋のような丸高模様の丸瓦が。
では輪違屋さんは、これにて。(謝絶されたし・・・)
角屋への道々には、新撰組ゆかりの地を生かしたお風呂屋さん(レストラン付き)や、京都のお屋敷の、かっこいいガレージを見る。木の引き戸のガレージって、すごい!
京都名物、仁丹町名ホーロー看板。
そして誰かが落とした手袋が、少なくとも救出はされたのだけど。手袋の季節は終わったけど、どうぞ落とし主に届きますように!