待合室が好きだった。
ときどき自分にお題を出して、答えを探すという一人遊びをすることがある。
昨日もそんな日で、お題は「懐かしい場所」。今の気分で一番懐かしい場所はどこでしょう? と自分の心に問いかけてみた。
懐かしい場所なんて、その日の気分で変わるものだが、昨日は子どもの頃かかりつけだった町医者の病院だった。アクセスのものすごく不便な、でも直線距離では一番近い「小野医院」だった。星新一似の先生と女性の薬剤師さんがいる小さな医院。先生のお宅を改築せず、むりやり病院に改造したような感じ。とてもアットホームな病院だ。
4畳半の待合室で、読み放題の少女マンガ雑誌を読むのが、とてもとても楽しみだった。アニメより不気味なテイストが漂う『魔法使いサリー』も、ここで読んだ。少女マンガに開眼したのは、あの落ち着いた正方形の部屋の、縁にひだひだのついた白いカバーに入った座布団の上だった。
しかし当時は少女マンガ界ではホラーが流行っていたので、うっかりトラウマになるようなマンガを読んでしまい、青ざめた顔で診察室に入ったこともあった。
先生は清潔感溢れる、上品で冷静でもの静かな方だった。風邪には睡眠とうがいと温かくしておくと治ります、と落ち着いた口調で述べられた。注射が登場する気配はなく、子供心に安心して診察室に入ることができた。縦ラインの入った磨りガラスがついた白い医療棚が素敵だった。今でも憧れているほどだ。
薬剤師さんは狭い薄暗い部屋で、天秤ばかりに分銅(ふんどう)を乗せて粉薬の重さを量り、パラフィン紙の様な紙片にきっちりとした折り方で包み、小さな窓口の磨りガラスの引き戸を滑らせ、「お待たせしました、お薬ができました」と呼んでくださった。もちろん私が薬剤師に憧れたのはいうまでもない。理系の人でなかったので、ほどなくあきらめたが。
外観も好きだった。落ち着いたやや洋風のテイストのある日本家屋で、楕円や丸型にきれいに刈り込まれたランドマークになるような高い庭木も好きだった。当時は剪定の為せる業とは知らず、「あんなにきれいな形になる木があるんだ」と真剣にうっとりしていた。
八日市線の武佐駅からもすぐで、のどかな2両編成の車両ががたこと走る気配も好きだった。
今から思うと、メルヘンのような病院だった。今はもうないけれど、そのあたりを車で通る度に、つい首を伸ばして探してしまう、懐かしい場所。