明王院へ
赤い橋を渡り、
緑に埋もれながら、穏やかにまっすぐな道を進む。いにしえからの聖地っぽい厳かで清らな空気感にドキドキする。
魔除けに赤く塗られたお堂を横に見ながら、石段をあがる。
屋根の葺き方が珍しい。アルマジロの甲羅のよう。
石段をのぼりきれば、山に守られた明王院。
小振りながら、古色蒼然の威厳が連綿と続いているユニークさがある。
解体修理して判明した屋根は、厚みのある木板を重ねるもともとの「とち葺き」に復元された。
正面の蛙股には、極彩色の唐獅子が牡丹の花とともに嵌め込まれている。
明王院は859年、円仁和尚の師弟である相応和尚(そうおうかしょう)が創建する。
相応は葛川の地主神である思古淵神(志古淵神)から修行の場として当地を与えられ、地主神の眷属である浄喜・浄満(常喜・常満とも)という2人の童子の導きで比良山中の三の滝に至り、7日間飲食を断つ修行を行った。厳しい修行の末に生身の不動明王を感得し抱きついたところ桂の古木だったので、その木から千手観音像を造り安置したのが始まりといわれている。
比叡山「無動寺」の奥の院、天台宗回峰行者の修験道場として発展してきた。特に室町時代には、足利義満や日野富子などが参籠し、歴代将軍の庇護が厚かった。以来、天台宗回峰行者の参籠する霊場として現在に至る。本尊は千手観世音菩薩。